· 2019年度「中国学の再創生」サマーセミナー(9月14日~16日)会議レポート

                サマーセミナー初日目(9月14日)

 「第一回トヨタ財団イニシアティブプログラム中国学の再創生」サマーセミナーは主催者である川島真先生(東京大学総合文化研究科教授)、羽田正トヨタ財団理事長、遠山敦子元文部科学大臣·前トヨタ財団理事長のご挨拶から始まった。

 第一講演の青山瑠妙先生(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授)には「中国外交をどう研究するか―政治学、歴史学と国際関係論」というテーマで、中国外交研究のこれまでの流れ、先生ご自身の研究への向き合い方、そしてグローバルとローカル両方の視点で中国外交を研究することができる「グローカル」な中国外交研究を目指すために必要なこと、といった内容をご教示いただいた。フロアからは、中国は政策決定についてブラックボックスが多いが、どのように克服して研究すべきかといった主旨の質問が投げかけられた。

 第二講演の丸川知雄先生(東京大学社会科学研究所教授)には「三線建設―研究のアプローチに悩んだ日々」というテーマで、中国三線建設の展開、丸川先生が三線建設に関する論文を書こうと思ったきっかけ、一次的な材料(口述史など)を利用した二次的研究の可能性、といった点についてご教示いただいた。先生がご講演の中で強調されていた「疑問点と問いをはっきり提示する重要性」について、フロアの先生方や多くの学生たちが頷きながら聞いている姿が印象的だった。
 昼食時には川島真先生に「研究報告をするに際して」というテーマで、本セミナーの目的、大学やディシプリンという枠を超えた本セミナーにおける報告のあり方、そして報告を聞く際に注意すべき点についてご教示いただいた。川島先生のご講演は、筆者自身の研究の立ち位置を今一度確認するうえでも重要なものであった。川島先生のご報告の前後の時間では、普段なかなか交流することができない他大学の先生方や学生たちが一つの机を囲んで交流することができた。

 午後の学生報告セッション1では「中華人民共和国成立初期、毛沢東政権期の政治外交」というタイトルのもと、景旻(東京大学総合文化研究科博士課程1年)「中華人民共和国成立初期における外国人管理―漁業紛争と日本捕虜の処理(1950-1954)」、周俊(早稲田大学アジア太平洋研究科博士課程6年)「中華人民共和国建国初期における『内部参考』の構造と機能(1949-1954)―中央·地方間の内部情報収集装置」、横山雄大(東京大学総合文化研究科修士課程1年)「中国の対外認識におけるアイデンティティとイデオロギー――一九五〇年—六〇年代人民日報における対シンガポール言説の変遷」の三報告が行われた。
 続く学生報告セッション2では「現代中国の対『外』経済関係」というタイトルのもと、横尾明彦(東京大学総合文化研究科博士課程3年)「中国のGATT加入交渉と価格改革の事例(1986—1994年)」、徐博晨(東京大学総合文化研究科博士課程6年)「中国の対外援助:企業主体『ひも付き援助』の成り立ち」、蔡曾(東京大学経済学研究科修士課程2年)「両岸農業貿易による『以経促統』政策の効果――コスト·ベネフィット分析の視点から」の三報告が行われた。
 学生報告はいずれも、普段の研究の場とは異なる多くの質問や指摘、アドバイスが飛び交い、活発な議論の場となった。各報告者が緊張した面持ちで必死にそれらをメモしており、報告者本人は勿論のこと、フロアの参加者にとっても今後自身の研究に向き合っていくうえで非常に有益な場であることが伝わってきた。

 セミナー初日の最後は小嶋華津子先生(慶應義塾大学法学部教授)に「私の『若手』時代」というテーマでお話していただき、「若手」とはいつまでなのかという定義にはじまり、先生が博士課程に進学されたいきさつ、研究テーマとの出会い、北京大学留学、北京日本大使館専門調査員、アカデミックポストに就職するまでのご経験、「縁」の大切さ、失敗してもめげずに前向きに努力を続けていくことの重要性、といった内容をご教示いただいた。院生に共通するさまざまな「悩み」に対してどのように向き合っていくかという点について明るく、そして率直に語ってくださった小嶋先生のご講演にフロア全体が熱心に耳を傾け、朝九時半から午後六時半まで続いた中身の濃いセミナー初日は幕を閉じた。  

                サマーセミナー二日目(9月15日)

 二日目は午前10時から開始した。まず高原明生先生(東京大学公共政策大学院院長·大学院法学政治研究科教授)より、「中国の政治外交における星座的概念の利用について——改革開放と一帯一路を例に」というテーマでお話があり、「改革開放」や「一帯一路」を実態に即して捉え直す必要性をご教示いただいた。続いて中村元哉先生(東京大学教授総合文化研究科准教授)より「近現代中国像の再考——中国憲政史研究から」というテーマでお話があり、ご自身の研究史をご紹介いただいたあと、中国憲政史研究の重要性と中国近現代史研究の課題についてご教示いただいた。

 

 その後、阿部俊一先生(東京大学出版会第4編集部部長·広報誌『UP』編集長)より「博士論文から書籍へ——編集者はどこを見ているのか」というテーマで、博士論文を書籍化する際の注意点について、明確なテーマ、読者にアピールできるタイトル、わかりやすい文章と構成が重要である旨お話いただいた。

 

 午後の部では、まず加茂具樹先生(慶應義塾大学総合政策学部教授)より「現代中国政治研究のなかの人民代表大会研究:研究をどの様に説明するか」というテーマでお話いただき、ご自身の研究史を踏まえつつ、博士論文以降の研究、研究対象の選び方、「事実確認」が難しい分野で複数の研究手法を用いる必要性、等の点についてご教示いただいた。
 その後の「中華民国期の政治外交」を主題とした学生報告セッションでは、阿部由美子(二松学舎大学非常勤講師)「1924年北京政変と清室優待条件変更の北京旗人社会への影響」、高柳峻秀(東京大学大学院博士後期課程)「上海日本研究社と陳彬龢——南京国民政府初期における日本研究·啓蒙事業」、周雨霏(ドイツ日本研究所)「昭和前期の日本における社会科学と中国研究——「東洋的先生主義」概念の形成史を手がかりに」の三報告が行われた。

 

 最後は川島真先生(東京大学大学院総合文化研究科教授)より、「政治外交史研究から見る近現代中国——‘‘五一六反革命分子’’と戦時中の‘‘日本--中共協力関係’’」というテーマでご講演いただき、ご自身の研究史を踏まえつつ、中国外交史研究の概要、および史料から研究テーマを見出す重要性についてご教示いただいた。

                サマーセミナー三日目(9月16日)

 セミナー三日目は午前九時から開始し、午後六時まで続いた。まず天児慧先生(早稲田大学名誉教授)に「日本と中国 政治文化、国家と民衆」というテーマで講演していただいた。講演では、日中両国を比較するうえで政治制度を見ていくだけでは不十分であり、古代にまで遡って「変わりにくい」ものを取り上げるべきであるという視座から、対称軸として日本を据え置くことで中国という国家がどのように理解できるのか、といった内容をご教示いただいた。

 その後の学生報告セッション4では「胡耀邦政権期の政治外交」というタイトルのもと、河合玲佳(東京大学総合文化研究科博士課程3年)「胡耀邦研究―文革の終結から総書記就任まで」、御器谷裕樹(慶應義塾大学法学研究科修士課程1年)「1980年代中国共産党の政治思想工作における『中国の伝統』の地位」、許楽(慶應義塾大学法学研究科修士課程2年)「中国地方における失業保険―福祉拡張を中心に」の三報告が行われた。
 昼食時には加藤洋一先生(一般財団法人アジア·パシフィック·イニシアティブ研究主幹、米戦略国際問題研究所(CSIS)非常勤研究員)に「メディア記者·Think tankerとして見た中国」、「チベットと一帯一路」というテーマで、これまでアメリカが二度にわたって中国を見誤ってきた要因、研究者のメディアとの付き合い方、一帯一路におけるチベットの変化、といった内容についてご教示いただいた。

 午後の学生報告セッション5では「現代中国の統治理念とガバナンス」というタイトルのもと、董子昂(北海道大学国際広報メディア·観光学院、博士課程1年)「世紀の転換期における雲南の歴史再建―現代中国の公定史観の一起源として」、劉弘毅(早稲田大学社会科学研究科博士課程4年)「非伝統的安全保障概念に対する中国の認識と適応範囲の拡大―2001年から2008年までの『人民日報』に対する言語分析から」の二報告が行われた。
 学生報告の後は、園田茂人先生(東京大学東洋文化研究所教授、北京日本学研究中心主任教授)より「Challenges of “Localization of Sociology” in China:A Personal Reflection」というテーマで、中国の社会学の発展について、1953年から79年まで中国において社会学が語られることがなく、過去と現在の研究に断絶が存在する状況の中で、いかに園田先生ご自身が社会学を用いた中国研究を進められていったのか、そして、中国国内で社会学者が力をつけてきた現状において、海外から中国を見る意味がより研究に反映できる領域はどこであるのか、といった内容についてご教示いただいた。

 学生報告セッション6では「現代中国の少数民族政策、対外文化交流」というタイトルのもと、金牧功大(慶應義塾大学法学研究科博士課程1年)「中国共産党の対西蔵認識」、苑意(東京大学法学政治学研究科修士課程2年)「文化交流から見る日中国交正常化前の日中関係」、賈海涛(一橋大学言語社会研究科博士課程1年)「日本は中国SFを如何に読むか―2015年以来の翻訳紹介活動から」の三報告が行われた。

 サマーセミナーの最終章として、先生と学生が共に参加する懇親会が開かれた。各先生方からの今回のセミナーの感想とその意義、学生に共通する今後の課題、といった内容で締めくくられた。

                                      (文責:河合玲佳、高柳峻秀)